川上未映子の「乳と卵」について 思ふ。

大阪で 何回目かの「人体の不思議展」を観にいったとき、
人間のパーツに意識がいき、目を見開き 
目の奥に じrじりと迫るものに 一筋の涙を流しながら、
なんて不思議なパズルなんだろう!って思いました。

私は、体が弱いので 特に腎臓には 常に意識が向いているわけで、
《自分の腎臓を体ん中から取り出して 悪いものをscrape outして、
綺麗に洗って 体に戻したい!》なんて考えたりもするわけです。
好きな人と 愛し合って、子宮の歌う声に 耳を澄ましたりもするわけです。
体のパーツ パーツが、それぞれの役割でもって呼応して、私の体を動かしてくれることに
ありがとう!って 撫でてあげたくなる時もあったりするわけです。

だから、川上未映子さんの「乳と卵」は とても興味深く読めました。
胸の豊胸手術をしたいと言う母、
生理の役割と卵子の働きについて 考える娘、
そして その二人を客観的に見つめる叔母の目線。

女性だから、胸がふくよかだったらなあ~!?なんて 夢は、私だってあります。
まあ、あまり大きくない・・・品乳なもので♪。
でも、大きくしてまで と思うわけです、やっぱり生まれたままの授かったままの 
その成長の過程が大事 だと思っているので。

作品に出てくる ”母”は、ただ単に若さだったり 艶っぽさを取り戻すべく
豊胸手術を受けたいわけではない ことが、
母と娘の会話から にじみ出てくるわけです。
ある時期から 母と娘との会話がなくなって、娘は うなずいたり、
紙に返事を書いたりして 声を出さなくなったのです。
そのコミュニケーションに 紙1枚隔てた距離感に
母親は 何を思ったでしょう。
娘は なぜに 唯一の親に 心をとざしてしまったのでしょう。

娘は ノートに 疑問に思うことを綴っている。
どうして 人は生まれる前から 生理がきて 卵子が体にあって 別の命を生み出すと言うシステムが 組み込まれているのだろう?
生理がくることが なぜみんな嬉しいのだろう?
卵子と精子がくっついて 受精して・・・そういうプログラムが 体に生まれたときから すでにあるって どうなんだろう!?
少女は、ちょっと変わった感性の持ち主。

娘のことを話し合いにいったのでしょうか、娘の父親と会った母親。
豊胸手術の打ち合わせにいく と出かけながら。

そして 生卵のシーン。
この一番大事なシーンは 書けないけれど、
二人が わだかまりを吹っ切れるシーンなのです。
お互いに なりふり構わず、殻を自分自身で 破って出てくるのです。

たけくらべの樋口一葉に影響を受けたという 何行にも渡って 数珠繋ぎに語られる言葉。
それも、大阪弁の軽快で 勢いのあるテンポ。
なんとも躍動的!
”緑子”の唇がきれて そこから紅い筋が入って その液体がスープに ぽたぽたと雫と溶け込み そのことに気づかないで 飲み干すのを想像して どきどきしてしまうのです・・・
といった描写が 妙に艶っぽい。
しかも モノクロの写真に 一点の紅が浮き立つような美しさを感じる文章が たまに、はらりはらりと覗くのです。
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by inner-vision916 | 2008-02-26 20:09 | 絵本と小説